仙台高等裁判所 昭和30年(う)554号 判決
原判決は被告人に対する貸金業等の取締に関する法律違反の公訴事実、すなわち金融業を営む有限会社信友商会の取締役で自ら会社業務一切を執行している被告人が、同会社の業務に関し、第一、貸金業者は前記法律第三条所定の届出書の添附書類の記載事項に変更があつたときは、遅滞なく、その旨の変更届出書を大蔵大臣に提出しなければならない義務があり、信友商会の届出書添附書類たる業務方法書には資金調達方法については、無尽から融資を受けるか、或は社員から借り入れる旨、及び金銭貸付の限度については、金三十万円とする旨夫々記載されているところ、昭和二十七年五月十五日以降同二十八年二月二日までの間に社員以外の者である佐久間きん子外一名から七回に亘り原判示別表第一記載のとおり合計二百三十万円を借り入れ、かつ昭和二十七年十二月二十五日以降同二十八年五月十八日までの間に四回に亘り木村重蔵外三名に対し同別表第二記載のとおり夫々貸付限度三十万円より二万円ないし八万円を超過して合計百三十八万円を貸し付け、前記添附書類たる業務方法書の記載事項に変更があつたにも拘らず、昭和二十八年六月六日までその変更届出を怠り、第二、昭和二十七年二月より同年十二月に至る同会社の事業年度の業務報告書を同事業年度経過後二月以内に大蔵大臣に提出しなければならないのに拘らず、正当の事由なくして同二十八年六月六日までその提出を怠つたとの事実につき被告人が事実上、同会社の代表者として会社業務一切を執行処理していたこと、及び同会社に右の如き違反事実があつたことを証拠により認めながらも、右業務方法書の変更届出及び業務報告書の提出の義務は同会社の代表取締役たる被告人の妻こうが負うべきもので、代表資格のない単なる取締役たる被告人が負うべきものとは解せられず、被告人は右義務懈怠の罪の主体たり得ないとの理由で、被告人に対し無罪の言渡をしたことは所論のとおりである。
よつてこの点に関する原判決の法令解釈の当否について検討する。
貸金業等の取締に関する法律第六条第一項は「貸金業者は第三条の規定による届書……の添附書類に記載された事項について変更があつたときは遅滞なく、その旨の変更届書を大蔵大臣に提出しなければならない。」旨、又同法第九条第一項本文は「貸金業者は事業年度……ごとに業務報告書を作成して当該事業年度経過後二月以内にこれを大蔵大臣に提出し……なければならない。」旨各規定し、同法第二十条第二号又は同条第三号は「右各規定による変更の届出又は業務報告書の提出を怠つた者」を処罰する。
右各規定によれば貸金業者が右変更の届出又は業務報告書の提出(以下単に届出等と略称する。)の義務者でこの義務を履行しない場合、処罰されるものであるところ、右貸金業者には自然人のみならず、法人も含まれることは疑がなく、法人たる会社が貸金業者として届出等の義務者である場合、会社の行為は現実には会社機関たる代表者の行為を媒介としてなされるのであり、会社代表者の行為はすなわち会社の行為とみられるのであるから、貸金業者たる会社に科せられた届出等の義務は、同時に、会社代表者もまた、これを負うものと認めなければならず、かく解して、はじめて会社に対する右義務の履行は確保されるものというべきである。
而して、会社代表者にも届出等の義務を認める右の理由に省み、この義務懈怠に対し刑事罰を以て臨んでいる点に鑑みるとき、届出等の義務者となる会社代表者とは、現実に、会社代表者として会社業務一切を執行処理する者を謂い、必ずしも、会社法及び定款の定めるところに従い、代表資格ある代表取締役たることを必要としないと共に代表取締役であつても、単に名義上のみのそれであつては足りないと解すべく、右の意味における会社代表者が屈出等の義務を怠る罪の主体となるものといわなければならない。
本件につきこれをみるに、記録によれば、貸金業者たる有限会社信友商会に届書添附書類たる業務方法書の記載事項変更による変更届出をすべき義務及び昭和二十七年事業年度の業務報告書の提出をすべき義務があるのに、この義務が履行されなかつたこと、同会社の当時の代表取締役は被告人の妻武山こうと定款に定められていたが、同女は同会社の業務執行には何等関与せず、単なる名義上の代表取締役であつたに過ぎず、会社業務は、一切事実上、取締役たる被告人において同会社を代表して、これを執行処理してきたことが認められること原判決も認定するとおりである以上、前叙の理由から、代表取締役たる資格の有無にかかわらず被告人自身、右変更届出等をすべき義務者としてこの義務を懈怠する罪の主体たるものということができると共に、単なる名義上の代表取締役に止る武山こうは右の義務者として右罪の主体たり得ないものといわなければならない。
以上の次第で叙上の見解と異る見地に立つて無罪を言渡した前叙原判決には法令の解釈を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決中無罪の部分は破棄を免れない。論旨は理由がある。
弁護人及び被告人の各控訴趣意について、
各所論に鑑み記録を精査し、原審及び当審において取り調べた各証拠を検討参酌するとき、原判示第一、第二の事実につき、原判決が認定しているように、果して及川亀一郎が抵当物件としたのは、原判示家屋六棟だけであつて、その敷地たる二筆の宅地を抵当物件に提供したことはなかつたと断定し得るかについては大いに疑念なきを得ない。
すなわち、
第一、(一)貸金業者が抵当権の設定を受けて金員を貸し付ける場合において、債務者所有の家屋又はその敷地の一方のみで担保価値として、充分と認める場合でも、両者を各別個にではなく、両者を一体として、これを担保物件として提供せしめるのが業界における取引の通例であることは、所論援用の各証言により明らかである。本件十五万円の貸借に当り、貸金業者たる被告人が債務者及川亀一郎の金借の申入れに対し、右通常の方法により、本件家屋(証人及川亀一郎も本件家屋を抵当に供したことは認める)と共に、その敷地たる(証人及川三之助の原審証言、証第三号の一部、権利証等)本件宅地をも抵当物件として提供するよう求めたものと推測するのが相当である。特に、被告人としては、亀一郎は従前取引のない初対面の客であつてみればなおさらのことである。(亀一郎は被告人の甥たる金融業石井庄一郎に金借を申し込み断わられた際、同人の電話紹介で被告人を訪ねたと供述しているが、原審証人石井庄一郎は紹介の事実を否認するので、この事実を認め離い。)
さらに、右貸借の際、亀一郎は、本件家屋の権利証(証第三号の一部)の外、この敷地の坪数地番等を書いた、本件宅地の図面(証第四号)をも被告人に手渡し、この図面に基づき、本件宅地のことに関し被告人と話し合つたことだけは、亀一郎においてもこれを認めるところであり、この事実をも参酌すれば、亀一郎に本件宅地の権利証の有無を尋ね手許にない旨聞き知り権利証がなくとも登記の方法があることを話したとの被告人の供述も一概に単なる弁解として排斥し難い。
亀一郎としても石井庄一郎に金借を再三求めて断わられ、金融の必要に迫られていたことが窺われるので(前記石井証言記載、原審証人清水三郎同栃窪春松の各供述記載及び亀一郎の供述記載等)たとえ、亀一郎のいうように担保価値は本件家屋のみで足ると考えたとしても、被告人からの金借を拒絶される危険を冒してまで、通常の例に従い、本件宅地をも、同時に、担保に提供するようにとの被告人の申し入れを敢えて承諾しなかつたと認め得るかは頗る疑わしい。尤も、本件十五万円の貸借に当り亀一郎は権利証としては本件家屋についてのものだけを持参したことは明らかなところではあるが、それは当時すでに本件宅地の権利証が紛失していた(原審証人及川三之助の供述記載)からであつて、そのためこれに代え本件宅地の図面(証第四号)をも同時に持参したとの疑が全々ないわけでないばかりか、亀一郎のいうとおり、本件宅地の図面を資料としその権利証がなくとも本件宅地につき抵当権設定ができることを知らず、右図面が建物の権利証と同封されていたので持参しただけにすぎないものであつたとしても、少くとも、被告人との貸借についての交渉中には前記のとおり本件宅地についても保証書により抵当権を設定する話があり、これを承諾しなかつたといいえないのであるから、右事実を以て、亀一郎が本件宅地上に抵当権を設定することの承諾をしなかつたことの資料とはなし難い。又、亀一郎が右貸借に当り当初、額面二十万円と三十万円の売買代金として受領した個人名義の手形二通を被告人に取立のため裏書し専ら、これを担保とし、右手形不渡の場合に備えて、抵当権を設定する希望を持つていたことは被告人も一部これを認めていてこれを、肯認することができるけれども、被告人の供述するように、全面的に手形担保を断り抵当権だけに限つたと認めることは、被告が右手形三十万円のものを預つたと述べている(被告人の検察官に対する供述調書)ことから、困難であるとはいえ、いやしくも金融業者たる被告人が信用性に乏しい手形を担保とすることに重点をおいて貸し付ける筈はなく、それ以上に担保のため、抵当権の設定を求めたことが推認できるのであるから、右手形が担保となつているからといつて、亀一郎において、本件宅地を担保に供することを拒む事由とはなし難い。
まして亀一郎において本件宅地を担保とすることを承諾しなかつたとすれば、本件家屋だけで充分担保価値ありと評価した被告人が法を曲げてまでも、本件宅地上に抵当権を設定しなければならなかつた必要が奈辺にあつたか、甚だ了解し難いところである。(被告人の検察官に対する供述調書参照)
この関係は、十五万円の貸借におけると同一担保条件を約定したこと明らかな五万円の貸借についても、同様である。
(二)昭和二十七年三月二十九日十五万円の債権に基づき本件宅地建物につき競売開始決定がなされ(記録一六〇丁の不動産競売開始決定正本写、記録三六丁ないし四五丁の登記簿謄本)その頃亀一郎においてこれを了知し、本件宅地が右債務の担保物件となつていることを知り(亀一郎も、日時の点を除きこれを認める)ながら、同人はこのことにつき被告人に何等抗議したことはなかつたし又その後同年六月十六日頃亀一郎において第二の貸借にかかる債務五万円を返済しその際被告人からその借用証(五万円につき本件宅地建物上に抵当権を設定する契約書を含むもので登記の原因証書となつたもの)の返戻を受け、当然本件宅地が右債務の抵当物件となつたことを知つたと認められるにもかかわらず、同人は依然これに関しても被告人に苦情を申し入れたことがなかつたのであり、その後においても同様であつたことは亀一郎もこれを認めるところである。これらのことに関し、亀一郎は返金さえすればよいと考えかかる態度を採つた旨供述しているが、これらの消極的態度はかえつて右二口の貸借に際し、本件宅地上にも抵当権を設定したことを承認したからこそであつたということができるのではあるまいか。
(三)特約証(証第一号の六)中の及川亀一郎及び及川三之助の各署名押印並びに立会人及川芳三郎の署名拇印が前二者は亀一郎において、後者は芳三郎において、これを作成したものであることは同人等も認める。(原審証人及川芳三郎の供述記載、同及川亀一郎の供述等)、同人等は署名押印(又は指印)する際には、特約証は特約文言の記載ない白紙であつたというのであるが、該書面中一文を加入した箇所には直接認印がなされてあり、この印影が亀一郎名下のものと同一であることは疑いがなく、もし、亀一郎等のいうとおりとすれば、被告人が亀一郎の印鑑を預りおき後日擅に白紙を補充し特約証を完成した際、自ら右印鑑を使用して認印をしたこととなるのであるが、亀一郎が被告人に印鑑を預けおいたことがあつたかどうかの点については同人のいうところは動揺していて真実を捕え難くこれを否定せざるを得ない。すなわち、亀一郎は当初は十五万円の借用に関して書類が全部出来上つたので印鑑証明書をとつてもらうため預けておいたといい(原審第三回公判調書)後に印鑑証明書は自ら交付を受けたが、書類は全部できたものの、被告人からとにかく手続するに入要といわれ預けおいたといい(原審第十七回公判調書)さらに当審においては、十五万円を借用した際には預けていない、(前記及川芳三郎の証言記載も同じ。)五万円借用の際であるとも判然いえないが、とにかく数日預けておいたと供述し、その預けた機会、目的は確に不明に帰しているのである。
このように亀一郎において被告人に印鑑を預けおいたことが認め難い以上、同人が後に特約証の空白を充しこれに亀一郎の認印をしたとはいえなくなり、その作成日附のとおり、十五万円の借用証(添付書類が存在していたか否かはともかく)が作成された際、これを同時に完成されたと推認することは不可能ではなく、さすれば、亀一郎等において、右特約証の内容を了承していなかつたとは断じ難い。まして、被告人において、後日事の露われるに備えて右の特約証を偽造したと認めるに足る証拠は存しない。
(四)更に、本件二口の貸借につき、本件宅地上えの抵当権設定登記手続は、いずれも宅地の権利証がないため保証書の方法によりなされたものである(証第三号の一部等)が保証書により不動産登記がなされたときは、登記係員において、その旨登記義務者に通知することになつている(不動産登記法第六十一条)のであるから、被告人が亀一郎の承諾なしに本件宅地上に抵当権設定登記をすればこのことは、直ちに、亀一郎に判明すること必定であり、永年司法書士をしている被告人がこれを知らぬ筈はなく(当審被告人の供述)このようなことは通常、犯罪を企てる者の敢えてなさないところであろう。この場合、事が発覚しても亀一郎等の署名押印ある借用証等の証拠書類が自己の手裡に存することを以て対処し得ると考えたものとみることは行き過ぎであり又、このような証拠は存しない。
以上のように、原判示第一及び第二の事実につき亀一郎が本件宅地上に、抵当権を設定することを承諾しなかつたと認定した原判決には事実を誤認した疑がある。
第二、
(一)証第一号の一ないし十(但し同六を除く。)の亀一郎及び三之助の署名押印ある白紙、同人等のうち一名の押印ある白紙及び同白紙委任状等計八通の紙片が被告人のいうとおり、本件二口の貸借と亀一郎に対する別に一口の貸借の際に登記手続上等の必要から作成されたものであるとしても、このようなことは亀一郎等のいうように、本件二口の借用証(抵当権設定契約書を含むもの)添附の担保物件目録や特約証は、いづれも署名押印等する際には、白紙であり、本件宅地が抵当物件となつたことも、特約証の内容も知らず、被告人において後日白紙を補充したのではないかと疑念を抱かせるものではあるが、まだ原審認定を支持するに足らない。
(二)原審証人小林基の供述記載証人及川亀一郎の原審及び当審における各供述等によれば、被告人が本件により起訴された後、差し迫つた、本件宅地建物の競売に困惑する亀一郎に要求して、特約証写添附の上申書を作成せしめたこと、亀一郎は宅地も抵当物件であつたとの被告人の主張を否認していたことは、各これを認め得ないわけではないが、起訴され窮地に立つた被告人が真実を証拠立てようとの焦慮の余り決して妥当とはいえないとしても、右のような措置に出たともみられないわけではなく、又、亀一郎は原審及び当審においても、一貫して本件宅地を抵当物件としなかつたと供述しているのであるが、その必ずしも信を措けないこと前述のとおりである以上、亀一郎の右の言も果して真実を伝えるものかわ疑わしい。
(三)木村重夫の検察官に対する供述調書(第一ないし第三回)及び証第五号の一ないし三(借用証等)によれば、被告人が本件貸借の約一年後において木村重夫等に三回に亘り金員を貸し付けた際、同人において父名義の宅地のみを抵当物件としたのに同人の承諾を得ずして同宅地上の建物についても、抵当権設定登記をしたことは認められないわけではないけれども本件と必ずしも事案を同じにしないばかりか、この種証拠は、本件事犯につき、ほゞ誤りないとの心証が得られたときにこれを補強するためとしては採用し得ても、すでに、誤認の疑が存し右心証が得られない以上、これを以て原審認定を支持するには由ない。
以上説明のとおり、原判決には事実を誤認した疑いがあり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決中有罪部分は破棄を免れない。各論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により、当裁判所において、改めて次のとおり判決する。
罪となるべき事実。
被告人は石巻市石巻字南鰐山十五番地に本店を置き、金銭の貸付等を目的とする貸金業者たる有限会社信友商会の代表資格なき取締役であるが、事実上自ら同会社代表者として会社の業務一切を執行処理している者であるところ、同会社の業務に関し、
第一、貸金業者は貸金業等の取締に関する法律第六条により同法第三条所定の届書添附書類の記載事項に変更があつたときは、遅滞なく、その旨の変更届出書を大蔵大臣に提出しなければならない義務があり、信友商会の届出書添附書類たる業務方法書には資金調達の方法については、無尽から融資を受けるか、或は社員から借り入れる旨、及び金銭貸付の限度については金三十万円とする旨夫々記載されているところ、昭和二十七年五月十五日以降同二十八年二月二日までの間に、社員以外の者である佐久間きん子外一名から七回に亘り原判示別表第一記載のとおり合計二百三十万円を借り入れ、かつ、昭和二十七年十二月二十五日以降同二十八年五月十八日までの間に、四回に亘り木村重蔵外三名に対し同別表第二記載のとおり夫々貸付限度三十万円より二万円ないし八万円を超過して合計百三十八万円を貸し付け、前記添附書類たる業務方法書の記載事項に変更があつたにも拘らず、遅滞なくその変更届出をすることを怠り、
第二、昭和二十七年二月より同年十二月に至る同会社の事業年度の業務報告書を同事業年度経過後二月以内に大蔵大臣に提出しなければならない義務があるのに正当の事由なくして、所定期間内に、その業務報告書を提出することを怠つ
たものである。
(裁判長裁判官 籠倉正治 裁判官 細野幸雄 裁判官 岡本二郎)